こんにちは、さくらんです。
いつもブログを読んでくださっている皆さんにお伝えできる、有益な情報はないかな?
と考えていました。
特に高尚な趣味がある訳でもなく、情報にも疎いただのおばさんです。
有益な情報はないけど、体験談ならあるかな?
そして、思いつきました!!
20年近くも昔の話ですが、病院出産と自宅出産、両方を経験しました。
今日はその事を思い出しながら書こうと思います。
これから出産する方の参考になれば嬉しいです。
現在上の子は大学生、下の子は高校生です。
まずは病院で出産した上の子の話...
近所のクリニックに通っていました。
そのクリニックは出来るだけ自然なお産を提供したいという病院でフリースタイル出産を取り入れていました。畳の部屋があったり、LDRもあり、たまたま近所にこんな病院があってよかったな~と思い通っていました。
LDRとはひとつの部屋で陣痛(Labor)、分娩(Delivery)、回復(Recovery)ができ、つらい陣痛の最中いちいち部屋を移動する必要がなく、回復まで同じ部屋なのでリラックスできます。陣痛も個室なので周りに気を使う事なく家族とゆっくり過ごす事ができます。そして、ベッドが分娩台に形を変えるので出産後もそのままそのベッドで休む事ができ、妊婦さんの負担が軽減されます。
当時の私は母子共に健康に過ごしていました。しかし予定日が過ぎても全然出てくる気配はなく、出産予定日から2週間が経とうとしていました。
金曜日の定期健診の時、先生から
「もう42週になるから土日で産まれなかったら月曜日入院だね。」と言われました。
え⁈入院⁇もしかしてお腹切られちゃう? Σ(゚Д゚)
単純にそう思った私は家に帰ってからお腹に向かって話しかけました。
「お腹切られちゃうのは嫌だから、もう出てきてねー。」
すると次の日の土曜日、陣痛がきました。
準備していた荷物を持って病院に行きました。
病院に着いた時、LDRは先に来た妊婦さんが入っており、私は個室の病室で待機してました、子宮口の開きからみてお産はまだ先だろうと言われました。
夜になってLDRが空きました。
夫も仕事を早めに切り上げてやって来ました。
LDRに入りましたが、お産がなかなか進まないので陣痛の合間に廊下を歩いたり、階段を昇り降りしました。
夜中になっても 陣痛は定期的にくるけれども子宮口は開かず、
となりのベッドで夫は大きなイビキをかいて寝ているのに、私はウトウトしても陣痛に起こされ、一睡も出来ませんでした。
日曜日の朝になり先生がやってきました。
日曜日なので、このクリニックの院長先生ではなく、医大から来ている先生でした。
そしてこう提案されました
「陣痛が来てから長い時間が経っているし、睡眠も取れていないのなら、お母さんの体力も心配だから陣痛促進剤を使わないかい?」と
私はいつまで続くのかわからない陣痛に不安になり、自信を無くし促進剤を使う事を承諾しました。
それから促進剤を点滴し更に陣痛は強くなりました。どのくらい時間がかかったのかは覚えていませんが、すごく腰が痛かったのは覚えています。
子宮口が全開になり、やっと出産です。
先生が部屋に入ってきてお産の始まりです。
ベッドが分娩台に変わりその台にのぼり仰向けに寝ました。
仰向けになると足が踏ん張れないので、陣痛が震えるように痛く感じました。
あわあわあわ〜〜っ(震)
こんな感じです。わかりづらい?
世のお母さん達はみんなこんな痛みを味わって出産しているのか⁈と思いました。
でも促進剤を点滴しながらだったので特別痛かったのかもしれません。
陣痛に合わせていきみ始めました。
何度かいきんだ後、
なかなか降りて来ないのか先生がお腹を押すように看護師さんに指示を出しました。
次の陣痛からグイグイと看護師さんにお腹を押されました。
それからも何度かいきんで…
そしてやっと産まれました。
赤ちゃんの産声が聞こえました。
あ、元気に産まれた、よかった…
私の頭上の方でビデオを撮っていた夫は泣いていました。
私は感動と言うよりも、
あーやっと終わったーー
疲れたーー
休みたい、寝かせてくれーー
そんな感じだったと思います。
日曜日のお昼過ぎでした。
陣痛が始まってから出産までの分娩所要時間は35時間…長い旅でした(>_<)
周りの出産した友達達に聞くと私より長い人はいませんでした。
本で読んだ事がありますが、陣痛がきてから産むまでに3日かかった人もいるとか⁈
私はその約半分ですが、あの時間の倍の時間を一睡も出来ない状態で過ごすなんて人間業じゃありません、2日間の完徹の上に繰り返しやってくる陣痛に耐え最後の出産…考えられません。
まだ医療の発達してない昔の妊婦さんの話かな?今は促進剤使うなり、帝王切開するなり、早く産ませるのでしょう。
このような出産をして、上の子を子育てしていくうちに私の中で後悔がいくつか出てきました。
それについては次回の記事で書きたいと思います。